芳田司の(東京五輪)柔道の強さの秘密は両親だった!柔道スパルタ教育とは

東京五輪の柔道・女子57kg級で、銅メダルを獲得した芳田司選手

柔道をはじめた小学生の頃からの得意技・内股で技ありを2回取り合わせ1本で勝ち、銅メダルを獲得しました。

世界第3位となる強さの秘密は、ご両親の柔道に対する考えかたにあったようです。

今回は柔道の金メダリストを育て上げた父親・善英さんの教育方針を取り上げてみました。

芳田司の父親の柔道スパルタ教育法


芳田司選手のはじめきっかけを作ったのが母親の千代さん。

芳田司選手の小学校時代の柔道を強くしたのが父親の喜英さんなのですが、

芳田司選手はとにかく善英さんから厳しく指導されていたようです。

スパルタその1:足腰の鍛錬


芳田家の日課として早朝ランニングがありました。

長女の優さんが五輪マラソン金メダリストの
高橋尚子さんに憧れて「私も走りたい」と言い、
親子で走り始めたそうです。

毎朝6時に父・善英さんと姉の優さん、司選手の3人で出発。

京都御苑の外周約4キロを走ったそうです。

後に加わる三女の真さんが加わり、3姉妹の小学校卒業まで続いたそうです。

司選手はもともと走ることは得意で、小学校時代は陸上部にも所属しており、
小学校1年生の頃からマラソン大会に出場していたそうです。

父・善英さんの考え方
「どのスポーツをやるにせよ、走っていればつぶしがきく」

「子どもがやりたいと言ったことは最後までやり通したい」
という父親の信念があります。


ただ、走りすぎて小学生の娘たちが故障をしないように父・善英さん自らがストレッチ方法などを学び
娘さんたちにマッサージされていたようです。

スパルタその2:体幹の鍛錬


父・善英さんの本格的なスパルタ始動します。

柔道を習い始めの頃は、『礼儀や礼節を身に付ける習い事』のひとつとして取り組んでいました。

試合に勝てるようになると父・善英さんの指導も本格的になっていきました。

腹筋や背筋、腕立て伏せなどの筋トレをそれぞれ100回以上!

道場までは走って通い、練習後は柔道着を着たまま京都御所を一周(4km)を回ってから帰ると言う厳しい練習メニューを課されていました。

この走り込みによって足腰を鍛えていたことが、柔道に役立つ脚力増強につながっていたのでしょうね!

スパルタその3:親子喧嘩が警察沙汰!?に


父・善英さんの熱血指導は柔道の稽古後にも及びました。

道場からの帰り道、習った内容を親子で復習しました。

「先生はこう言っていた」「言われたことを感じられているか」などなど・・・


次第に双方が熱を帯び、口調が激しくなってしまいます。

そのあげく、ケンカと間違われて警察官に注意されたこともあるようです(笑)

この父・善英さんの熱血指導は芳田司選手が、当時、中学は全国大会で活躍していた1学年上の田代未来選手に影響されて、相武館吉田道場に入門して寮生活を送るまで続きました。


芳田司選手の父親ってどんな人なの?

                                    引用元:www.duchamp2018.jp

ここでは
芳田司選手の父親である芳田善英さんについてお伝えします。

芳田善英さんは現在51歳です。

職業に関しては公開されていませんが、娘の試合には全国どこであろうと掛けっけられるとのことですので、自営業か、個人事業主だと思われます。

サラリーマンでは無理な所業ですね。


善英さんは柔道の経験はありませんが、学生時代はラグビーをされていたようです。

しかし、実業団でプレーされてはいないようです。

善英さんは千代さんと結婚されて、女の子3人に恵まれます。

長女・優さん 次女・司さん、三女・真さんです。


三女の真さんも柔道の選手です。

 

まとめ


今回は東京五輪で柔道女子57kg級で、金メダルを逃したものの世界第3位となる銅メダルを獲得した芳田司選手

そのメダリストを柔道に結びつけたご両親の教育方針について報告させて頂きました。

一見、厳しい父親のようにしか見えませんが、娘たちのためにストレッチ方法などを学び、
ケガをしないようにマッサージされるなど愛あるスパルタだったのです。

厳しい父親に対して幼い姉妹3人で対抗されていたと聞くとホッコリしてしまいますね。

不器用な父親の愛情表現は大人になってはじめて分かるようになると思います。

それでは最後まで読んでいただきありがとうございました。