濱田尚里の柔道の強さはサンボ!?どうやって柔道が強くなったのか!Shori Hamada

東京五輪の柔道女子78キロ級で浜田尚里選手が金メダルを獲得しましたね!

4戦全て一本勝ちでの金で柔道日本女子78キロ級に4大会ぶりの快挙をもたらしました!

浜田選手が得意な寝技からの関節技のキレの良さはロシアの格闘技のサンボを習得したからだと言われています。

今回はその浜田選手が柔道世界一になるために習得したというサンボという競技についても調べてみました!

浜田尚里とサンボ


浜田尚里選手は普段はのんびりとした性格だそうですが、それが畳の上では一変するそうです。

浜田選手は周りから「寝技、関節技がうまい選手はいるが、浜田は怖い」と評され、稽古でも組み合うのを嫌がられているそうなのです。

浜田尚里がサンボを始めたきっかけ


それは浜田尚里選手が山梨学院大学4年の時、山部監督にサンボの練習を勧められたました。

浜田選手は、至学館大柔道部監督で、サンボの全日本選手権13連覇の松本秀彦監督にサンボを指導されます。

浜田選手はわずか1年で2013年ユニバーシアード優勝し、翌14年には世界選手権制覇しました。

松本監督は当時ユニバーシアードのサンボ日本代表監督を務められました。

柔道の寝技をどうすればサンボに活用できるか浜田選手に助言したそうです。

「浜田は元々、寝技の技術があった。サンボは立ち技と寝技の境がないし、寝技の展開が速い。点として存在していたのが、サンボで線につながった


2013年8月、ユニバ・サンボ競技を振り返って 女子80kg級:濱田尚里選手

引用:日本サンボ連盟

浜田選手は「サンボで関節、絞め技をするようになって、寝技の幅が広がった。柔道でも視界が開けた」と振り返ります。

浜田尚里とロシアの虎の穴“サンボ70”


浜田尚里選手のサンボでの思い出は大学卒業間際に「ロシアの虎の穴」と呼ばれる「サンボ70」で合宿したことだそうです。

ロシアの『サンボ70』とは、

平昌冬季五輪でフィギュアスケート女子シングル金メダルのザギトワ選手らを輩出しています。

フィギュアスケートに限らず、柔道サンボ・陸上競技・ボウリング・スイミング・空手・テコンドーなどの競技のロシアのトップアスリートの為のスポーツ選手養成学校です。


勝負度胸のある浜田選手は現地でサンボと柔道の道場を掛け持ちし、ロシア選手を相手に黙々と寝技をこなしました。

関節技をきめ、相手が「参った」をすると、「あれ、大丈夫ですか?」と穏やかな口調で話し掛ける。

その瞬間、場が和んだと言います。


「新しいなと思って面白かった。無駄に( 2カ所の道場を )行ったり来たりしていた」と浜田選手


浜田尚里と柔道とサンボ


浜田尚里選手は、今回の東京五輪では準決勝まで3試合で相手を転がした後の送り襟絞め、腕ひしぎ十字固めなどで仕留めました。

寝技に持込んだら圧倒的な速さと強さを見せました。

決勝戦は19年の世界選手権で敗れたマロンガ(フランス)を押え込み一本で勝利!

初の夢舞台でその“寝技の怖さ”を存分に見せつけました!

浜田選手はサンボでは、
サンボに柔道の寝技をどうすれば活用できるかをうまく変換しサンボ世界一になりました。

浜田選手は柔道では、
サンボの関節技や立ち技からの流れをうまく柔道の技術に変換して柔道の五輪金メダリストになりました。

サンボと柔道の2つで世界を制した浜田選手の対応力はものすごいものですね。


濱田尚里がやっていたサンボ!ってどんな競技?


浜田尚里選手柔道強化のために取り組んだのが“サンボ”です。

サンボとはソビエト連邦で開発された格闘技です。

広義では日本武術界で言うところの「柔術」のようなものだそうです。

このサンボはスポーツ化とロシア連邦軍の軍隊格闘術(コマンドサンボ)としての分化が進みました。


日本では1990年代初頭にリングスロシアのヴォルク・ハンコマンドサンボで参戦したことでサンボの存在を有名にしました。


浜田選手
が習得したのはスポーツサンボの方です。

スポーツサンボの特徴


コスチューム:
上半身は柔道着に似た青か赤のサンボジャケットと帯、
下半身はジャケットと同系統色の短パンあるいはスパッツを着用し、


サンボシューズ(またはレスリングシューズ)を履きます。

空手や柔道のように帯の色で段位を表すようなことはありません。


サンボの競技はレスリングマットと同じ円形のマット上で行います。



サンボは投げ技においても寝技においても、一般的な柔道とは違った試合展開・テクニックが多くあります。

勝敗は、投げ、関節技による一本か、一本に至らない投げ、抑え込み等のポイントを競います。

まとめ


今回は東京五輪金メダリストになった浜田尚里選手が圧倒的に強かったのはサンボを習得したからだったと言うことで調べてみました!

日本女子柔道史上最年長出場、30歳10か月ながらも栄冠を手にした遅咲き浜田選手。

4試合ともすべて1本勝ちと素晴らしい試合で、世界最強の寝技師といわれる玄人好みの試合でした。

それでは最後まで読んでいただきありがとうございました。