ちむどんどんの志ぃさー(藤木勇人)のwiki風プロフィール!立川志の輔から破門された!?

志ぃーさー・藤木勇人

こんにちは、知ったかのホリです!

連続テレビ小説 「ちむどんどん」で暢子の下宿先の大家で、鶴見の沖縄居酒屋主人・金城順次を演じる沖縄落語家の志ぃさー(しぃさー)こと藤木勇人さん

この方、連続テレビ小説ファンの方ならこの顔どこかで見たことがあるぞ!と思われる方もいらっしゃると思います。

そこで今回は~ちむどんどんの志ぃさー(藤木勇人)のwiki風プロフィール!立川志の輔から破門されたの?~をお伝えしていこうと思います。

記事前半では志ぃさーのwiki風プロフィール、後半では落語家立川志の輔の弟子の立川志ぃさーが破門されたのか?を解説しますので、じっくり読み込んでくださいね!

それでは、早速本題に入っていきましょう。

タレントの志ぃさー(藤木勇人)のwiki風プロフィール

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ちむどんどん

連続テレビ小説 「ちむどんどん」


今回の役どころは黒島結菜さん演じる暢子(のぶこ)の下宿先の大家で、横浜鶴見区にある沖縄居酒屋主人・金城順次を演じられます!

「あれ!この顔、どこかで見たことがある?」と思われた方も多いと思います。

そうです。この志ぃさーさんは、2001年度上半期に放送された連続テレビ小説ちゅらさん』に沖縄料理店「ゆがふ」の店長役で出演されていました。

役者で演技するだけではなく、出演者の方々への方言指導もされていました。

タレントの志ぃさープロフィール

志ぃさー藤木勇人

志ぃさー藤木勇人が演じる金城順次

芸名:志ぃさー(しぃさー)
本名:藤木 勇人
出身地:沖縄県沖縄市
生年月日:1961年1月9日(61歳)

1982年頃に郵便局員に

志ぃさーさんは、高校生の時、B型肝炎ウイルスを発症して入院生活が長くなり、20歳で高校卒業することに。

今から大学進学は遅いと思い、看護師を目指し那覇の看護学校へ進学。
当時はクラスに男子は2人だけで、あとは全て女子だったため、その状況に耐えきれず夏休みに辞められたそうです。

 

その後の志ぃさーさんはタクシー会社に住み込みでアルバイトをしたり、しばらくはぶらぶらされます。

 

 

そうしたら「郵便局員は最高だよ。生活も安定しているし、休みも多いし」と先輩のススメもあり郵便局員になられます。

保険外務員として毎日、暑い中、お客様の所を駆け回り奔走されました。

毎月がノルマとの戦いであったものの、手当てを含めたらお給料は良かったそうです。


1985年、劇団「笑築過激団」入団
1986年、「りんけんバンド」加入

志ぃさーさんは、小さい頃から芝居好きでよく芝居を観に行っていたそうです。

高校の同級生の兄さんが主宰していたアマチュア劇団「笑築過激団」の舞台を郵便局の仕事をやりながら舞台を手伝う黒子役として参加されます。

 

また、その翌年には照屋林賢さんに声をかけてもらって「りんけんバンド」のメンバーとしても活動されます。
志ぃさーさんは荷物運びがメインだったそうです。

1991年、「笑築過激団」退団後、「りんけんバンド」専属となる。

1993年、「りんけんバンド」から退団。

1993年、落語家立川志の輔師匠を師事。
2001年、NHK連続テレビ小説「ちゅらさん」に出演。
2013年、師匠立川志の輔より、立川志ぃさーの名をいただき藤木勇人から改名

現在は立川を返上し、高座名:志ぃさーで活動中!! 

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藤木勇人(志ぃさー)は沖縄の方言は喋れなかった!!


いまでこそ沖縄の方言(ウチナ―グチ)指導といったら志ぃさーさんですが、志ぃさーさんは若い頃は方言を喋れませんでした!

1986年、志ぃさーさんは照屋林賢さんに声をかけてもらって『りんけんバンド』加入されました。
後にメンバーとしても活動されますが、加入当時は荷物運びがメインだったそうです。

ある時、楽器の全く弾けない志ぃさーさんに林賢さんから「おまえキーボード弾いてみろ」と言われたそうです。

舞台が華やかになるからと言うことで、キーボードを弾くマネと口パクでマイクの前に立たされたそうです。

 

実は、志ぃさーさんは実は『りんけんバンド』に加入したころは沖縄の方言をぜんぜん喋れなかったのです。

『りんけんバンド』のメンバーになってから覚えられたそうです。

当時の志ぃさーさんは、全くウチナ―グチ(方言)ができなかったため、マイクの前では口パクしかできず、ても恥ずしい思いをしたそうです。

このことが嫌で、必死で林賢さんの歌を聞いたり、郵便局の仕事で接するお年寄りの方々と接することでウチナ―グチ(方言)を勉強されたそうです。

志ぃさーさんはウチナ―グチ(方言)の面白さに気づいてからは自分でも驚くぐらい早く覚えられたそうです。

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藤木勇人(志ぃさー)がりんけんバンドをやめた理由

左から2番目が藤木勇人(りんけんバンド) 画像:http://coralway.jugem.jp/?day=20101220

りんけんバンドが東京進出を果たし、志ぃさーさんはバンドと郵便局の両立が難しくなり4年半勤めた郵便局を辞めることになりました。

当時、ご結婚されてお子さんもいたのでお嫁さんの家族一同を集めた親戚会議になり大騒ぎだったようです。

しかし、志ぃさーさんはライブで東京に来る度に観ていたお芝居を観ていて、自分はやっぱり唄より、芝居が好きなんだと再確認したそうです。

やっぱり芝居がしたいと一念発起した志ぃさーさん。

当時の『りんけんバンド』は人気絶頂を迎えていました。

辞めるならば今しかないと、照屋林賢さんに「自分はミュージシャンではなくて、芝居人として生きていきたい」退団をと直訴されます。

その時、ふたりは大喧嘩になったそうです。

志ぃさーさんは強行してお芝居の道に進まれます!

志ぃさーさんが最初に一人芝居のステージに立ったのは、沖縄の伝説的な小劇場「沖縄ジァンジァン」
新聞に驚くぐらい大きく取り上げてもらったそうです。

その新聞記事を見た林賢さんから「おまえに辞められるのは癪にさわるからクビにする」と連絡があったそうです。

ホリ

志ぃさーさんはこれは「林賢さんなりの優しさじゃないかな」とおっしゃってます。

 

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藤木勇人(志ぃさー)は立川志の輔から破門された!?

志ぃさー

師匠の立川志の輔から破門された?志ぃさー

志ぃさーさんは2013年10月1日から藤木勇人から芸名を高座名の立川志ぃさーに改名されています。

しかし突然、立川志ぃさー」から『志ぃさー』に改名!!

ご本人曰く、「師匠が立川を使ってはならないというので・・・」と改名されたそうです。

ご本人のホームページでぼやいていたそうです。

これって破門ってこと!?

この突然の改名の時期や理由はわかりませんでした。
立川を使うなということは、志の輔師匠の怒りに触れてしまい、立川流を名乗るなと言われたのか。

私は、志ぃさーさんの大きなやらかしを疑ってしまいました。

ホリ

でも次の画像でその心配も吹き飛んでしまいます。2017年6月の宮古島で開催された志の助らくごでは前座を志ぃさーさんが勤められています。

立川志の輔の沖縄公演

立川志の輔の宮古島公演の前座に出演する志いさー


このことから見ると破門ではなかったようですね。

志の輔師匠のなにか特別な思いがあってのことだったのでしょう。
重たい破門であったら『志ぃさー』も使わせてくれなかったハズですものね。

ホリ

藤木勇人(志ぃさー)と立川志の輔との出会い

立川志の輔

志ぃさーの師匠の立川志の輔

1993年、落語家立川志の輔師匠を師事されます。

志ぃさーさんと立川志の輔さんのとの出会いは沖縄です。

1993年、その頃に「沖縄ジァンジァン」で寄席を開いていたのが、当時二ツ目の立川志の輔さんでした。

古典的な落語を、見事なまでに新作落語に面白く作り変えた高座は志ぃさーさんにとって本当に衝撃的だったようです。

志ぃさーさんは、それまで落語はあまり観たことがなかったそうです。
志の輔さんの落語は伝統芸能の古典落語をきちんと今の若い人達にも伝わようにしているし、その話芸は芸術の域に達しており感銘をうけたそうです。

若い頃の立川志の輔

若い頃の立川志の輔

志ぃさーさんは、意気込んで志の輔さんへ弟子入りを頼んだそうです。

志の輔さんからは「30過ぎて弟子入り?今から江戸弁を勉強する気はあるのか?」と聞かれたそうです。

志ぃさーさんは、「いや、全然ないです。この喋りで沖縄落語をやりたいんです」と伝えたそうです。

「それは落語と言わない」と志の輔さんい一蹴されたそうですが、事務所の出入りだけは許してもらったそうです。

志ぃさーさんは、沖縄と東京を往復し勉強する生活をされていました。

立川志の輔の弟子として認められた沖縄落語の立川志ぃさー

2010年、志の輔さんから「お前は外様(とざま)弟子」「沖縄落語でもなんでも勝手にやれ」と言われたそうです。

ようやく志の輔さんから正式な内弟子ではないけども番外編弟子と認められたそうです。

沖縄で公演をおこなう際には必ず声をかけてくれるそうです。

落語家志ぃさー

落語家になった藤木勇人

また、志ぃさーさんが連続テレビ小説『ちゅらさん』への出演が決まって師匠に報告した時には

「奇跡だ。お前の喋りでまさか東京まで上がってくるとは想像もしなかった」と言って喜んでくれたそうです。

が連続テレビ小説『ちゅらさん』に出演

ちゅらさんの志ぃさー

「ちゅらさん」の沖縄料理店「ゆがふ」の店長役の志ぃさー

志ぃさーさんは、2001年に放送された連続テレビ小説『ちゅらさん』に方言指導者を兼ねて俳優としても出演されました。

それは沖縄のNHKでも「テンペスト」番組出演していた縁で、『ちゅらさん』で沖縄ことば指導を出来る人を探しているプロデューサーを紹介されました。

この志ぃさーさんは、沖縄料理店「ゆがふ」の店長役で出演されていました。

店長役での役者だけではなく、出演者の方々への方言指導もされていました。

沖縄の方言は年代ごとや男女、年配の方よってちょっと違うようです。

役者の演じる役の年代や性別ごとに、志ぃさーさんが指導されていたそうです。

あの沖縄出身のガレッジセールのお二人でさえ指導されていたそうです ^^

「ちゅらさん」の志ぃさー

「ちゅらさん」に出演したの志ぃさー

ホリ

方言を一言も喋れなかったヒトが、全国版のドラマの方言指導をするまでになったとはウチナ―グチ(方言)が大好きになったのですね

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藤木勇人(志ぃさー)が出演する連続テレビ小説「ちむどんどん」


2022年は沖縄の本土復帰50年を迎えます。
それを記念して朝の連続テレビ小説では「ちむどんどん」が放送されます。

主演は沖縄出身の女優黒島結菜さん。

志ぃさーは、料理人を目指す沖縄生まれのヒロイン・比嘉暢子が上京後の下宿先の大家で、沖縄タウン鶴見の沖縄居酒屋『あまゆ』の主人・金城順次を演じられます。

『あまゆ』とは
「あま世。甘い世のことで、沖縄方言で、苦しいことの無い世界のこと」

ホリ

ちゅらさん』ファンとしては凄く楽しみなドラマです

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まとめ

そこで今回は~ちむどんどんの志ぃさー(藤木勇人)のwiki風プロフィール!立川志の輔から破門されたの?~をお伝えしました。

あの沖縄ドラマの名作『ちゅらさん』の沖縄料理店「ゆがふ」の店長をしていた、あの方だったとは・・・

立川志の輔師匠の弟子で沖縄落語をされていたのも驚きですが、破門的な最悪事項でなくてよかったです!

ドラマちむどんどん」楽しみです!

それでは、今回はここまでとさせて頂きます。
最後までご覧いただきまして、ありがとうございました!